2013年7月31日 (水)

20130731_ルカ23@39-24@12 2サムエル1-2

 

■ルカ24:6ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。

 

★主イエス・キリストは十字架につけられ、死なれ、墓に葬られましたが、よみがえられました。何のためでしょう。あなたが生きるためです。

 

 

 

■2サムエル1:23サウルもヨナタンも、愛される、りっぱな人だった。生きているときにも、死ぬときにも離れることなく、鷲よりも速く、雄獅子よりも強かった。

 

★戦場でサウルとヨナタンが倒れた報告を聞いたとき心からそれを悼むダビデ。ダビデは彼らを恨むよりも神様が立てたものとして心か愛していたのです。ここに神様を畏れるダビデの姿が如実に描かれています。

 

 

 

■2サムエル2:1この後、ダビデは主に伺って言った。「ユダの一つの町へ上って行くべきでしょうか。」すると主は彼に、「上って行け」と仰せられた。ダビデが、「どこへ上るのでしょうか」と聞くと、主は、「ヘブロンへ」と仰せられた。

 

★主に油注がれた者として、サウル亡き後、ダビデは何をすべきかを主に聞きました。自分の願いを優先させて、それを叶えたくて願いを祈ったのではありません。主に何をすべきか、自らの思いを手放して聞いたのです。この生き方がその人を神様の御心を成し遂げる者へと導きます。ヒデ


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2013年7月30日 (火)

20130730_ルカ23@13-38 1サムエル29-31

■ルカ23:34そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。

★主の心には愛と赦ししか入っていないことが明らかにされたこの祈りの直後、そばに立ってながめていた人々はあざ笑って「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」と叫びます。救い様のない程までの人間の罪深さがここに現れます。しかし主はそのためにも「おゆるし下さい」と祈って下さいました。

 

■1サムエル29:8ダビデはアキシュに言った。「私が何をしたというのでしょうか。私があなたに仕えた日から今日まで、このしもべに何か、あやまちでもあったのでしょうか。王さまの敵と戦うために私が出陣できないとは。」

★イスラエルと抗戦しようするペリシテダに身を寄せたビデが、王となる前に唯一あやまちを犯したことが記される箇所です。出陣できないように留められたのは神様の恵みです。もしこうした形で留められなかったなら実際にイスラエルと敵対しなければならなかったのに。虚勢を張るようなダビデの姿がここに。それだけ追い詰められていたのです。あなたは何かに追い詰められていませんか。

 

■1サムエル30:1ダビデとその部下が、三日目にツィケラグに帰ってみると、アマレク人がネゲブとツィケラグを襲ったあとだった。彼らはツィケラグを攻撃して、これを火で焼き払い、30:2そこにいた女たちを、子どももおとなもみな、とりこにし、ひとりも殺さず、自分たちの所に連れて去った。

★神様はこの後、ダビデに全てを取り返させてくださいますが、イスラエルと戦わなくてもよい理由をつくって下さったのは神様の恵みです。

 

■1サムエル31:6こうしてその日、サウルと彼の三人の息子、道具持ち、それにサウルの部下たちはみな、共に死んだ。




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2013年7月29日 (月)

20130729_ルカ22@63-23@12 1サムエル27-28

■ルカ23:12この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである。★何と言うことでしょう。ユダヤの王ヘロデとローマからユダヤを管理するようにと送られて来た総督ピラトといえば、それまで敵対する関係でしたのに。生まれながらの人は真の神様に従順することを願わず、神に反逆するためにはひとつとなるのです。

 

■1サムエル27:1ダビデは心の中で言った。「私はいつか、いまに、サウルの手によって滅ぼされるだろう。ペリシテ人の地にのがれるよりほかに道はない。そうすれば、サウルは、私をイスラエルの領土内で、くまなく捜すのをあきらめるであろう。こうして私は彼の手からのがれよう。」

★妬みに駆られるサウルを逃れてダビデはいよいよペリシテ人の領土で生活することに。かつて戦ったゴリアテもペリシテの戦士であったことを思うと、どれ程追い詰められた状況だったでしょう。ダビデはそう言う中で多くの詩をうたい、自分自身を支えます。それが詩篇です。

 

■1サムエル28:5サウルはペリシテ人の陣営を見て恐れ、その心はひどくわなないた。28:6それで、サウルは主に伺ったが、主が夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても答えてくださらなかったので、28:7サウルは自分の家来たちに言った。「霊媒をする女を捜して来い。私がその女のところに行って、その女に尋ねてみよう。」家来たちはサウルに言った。「エン・ドルに霊媒をする女がいます。」

★神様に捨てられ恐れに支配されたサウルはどこまでも、どこまでもおちて行きます。ここに至るまでに神様からどれ程の語りかけがあったことでしょう。それをことごとく無視し続けた結果が、ここに描かれているサウルの姿です。残念でなりません。今日御声を聞いたならそれに背いてはなりません。ヒデ



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2013年7月28日 (日)

20130728_ルカ22@39-62 1サムエル25-26

■ルカ22:39それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。22:40いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。

★イエス様がなぜ十字架の上で、サタンに突き動かされた宗教指導者と群衆の罪に勝利し、彼らを赦すことが出来たのか。その理由はこのゲッセマネの祈りにあります。あなたには「いつもの様に、いつもの場所で」という祈りがありますか。

 

■1サムエル25:30主が、あなたについて約束されたすべての良いことを、ご主人さまに成し遂げ、あなたをイスラエルの君主に任じられたとき、25:31むだに血を流したり、ご主人さま自身で復讐されたりしたことが、あなたのつまずきとなり、ご主人さまの心の妨げとなりませんように。主がご主人さまをしあわせにされたなら、このはしためを思い出してください。」

★善に変えて悪を報いようとする愚か者の夫ナバルに代わってダビデに執り成す妻アビガイルの姿です。受けた恵みを軽んじるナバルの横柄さと妻アビガイルの違いが印象的です。

 

■1サムエル26:10ダビデは言った。「主は生きておられる。主は、必ず彼を打たれる。彼はその生涯の終わりに死ぬか、戦いに下ったときに滅ぼされるかだ。26:11私が、主に油そそがれた方に手を下すなど、主の前に絶対にできないことだ。さあ、今は、あの枕もとにある槍と水差しとを取って行くことにしよう。」

★それが本当に与えられたチャンスであっても、どのような意味においてチャンスと捕らえるかでその先が全く変わります。一撃で相手の命を奪う機会が与えられたのでチャンスなのか。自分の無実を証明し、自分が神様を畏れる者であるかを示すためのチャンスなのか。真にチャンスを生かす者でありましょう。ヒデ




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2013年7月27日 (土)

20130727_ルカ22@14-38 1サムエル22-24

■ルカ22:33シモンはイエスに言った。「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」22:34しかし、イエスは言われた。「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」

★正直、人は自分を本当に知らないんですね。にもかかわらず、私のことを知り「わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」と仰って下さるお方がある。感謝ですね。

 

■1サムエル22:2また、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちもみな、彼のところに集まって来たので、ダビデは彼らの長となった。こうして、約四百人の者が彼とともにいるようになった。

★サウル王を逃れて身を隠すダビデの所に、心に不満を持つ人々が集い始めます。それを治めることはどれほど困難か。しかしそれさえも、後に王として彼が国を治めるために益となったことでしょう。主にあっては無駄なものはひとつもありません。

 

■1サムエル23:12ダビデは言った。「ケイラの者たちは、私と私の部下をサウルの手に引き渡すでしょうか。」主は仰せられた。「彼らは引き渡す。」

★ダビデはペリシテ人の襲撃に遭い絶滅寸前のケイラの人々を救います。しかしここでケイラの人々は「ダビデをサウルに引き渡す」と。ダビデはどれ程この時、悔しかったことでしょう。また心引き裂かれたことでしょう。

 

■1サムエル24:5こうして後、ダビデは、サウルの上着のすそを切り取ったことについて心を痛めた。




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2013年7月26日 (金)

20130726_ルカ21@29-22@13 1サムエル20-21

■ルカ22:11そして、その家の主人に、『弟子たちといっしょに過越の食事をする客間はどこか、と先生があなたに言っておられる』と言いなさい。22:12すると主人は、席が整っている二階の大広間を見せてくれます。そこで準備をしなさい。」

★いつでも主のみわざのために用意しているひとりの主人がここに。ディボーションを朝毎にするあなたは、日毎に主を心の王座にお迎えしている意味において彼と同様ですね。神様の祝福が豊かに注がれますように。

 

 

■1サムエル20:3ダビデはなおも誓って言った。「あなたの父上は、私があなたのご好意を得ていることを、よくご存じです。それで、ヨナタンが悲しまないように、このことを知らせないでおこう、と思っておられるのです。けれども、主とあなたに誓います。私と死との間には、ただ一歩の隔たりしかありません。」

★父サウルに好意をもって見られているヨナタン。それゆえにサウルは自らの汚れた動機を愛するヨナタンに隠します。そこでヨナタンのように、置かれた立場ゆえに見えないことが、あなたにもあるかも知れません。そんな誰かがいるなら、ヨナタンがダビデに真実を示したように、あなたも真実を示すことができると良いのですが。

 

■1サムエル21:11するとアキシュの家来たちがアキシュに言った。「この人は、あの国の王ダビデではありませんか。みなが踊りながら、『サウルは千を打ち、ダビデは万を打った』と言って歌っていたのは、この人のことではありませんか。」21:12ダビデは、このことばを気にして、ガテの王アキシュを非常に恐れた。

★たとえダビデといえども孤独の中での上の言葉です。あなたならどうなさるでしょう。ヒデ




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2013年5月16日 (木)

デボーションメール20130516_マルコ1@1-20 レビ14-15

■マルコ1:17イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」

★主はあなたを新しい使命に召し出されるお方です。それはもはや自分のためにではなく死んでよみがえった方のために生きる召命です。

 

■レビ14:24祭司はその罪過のためのいけにえの子羊と油一ログを取って、これを奉献物として主に向かって揺り動かし、14:25罪過のためのいけにえの子羊をほふる。祭司はその罪過のためのいけにえの血を取って、それをきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に塗る。

★バプテスマのヨハネはイエス・キリストを見て「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と叫びました。その意味は上の御言葉のごとく贖いのためのみがわりです。

 

■レビ15:32以上が、漏出のある者、また精を漏らして汚れた者、15:33また月のさわりで不浄の女、また男か女で漏出のある者、あるいは汚れている女と寝る男についてのおしえである。

★神様はあなたの霊性だけではなく、身体の健康面についても気に掛けて下さっているお方です。

 

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2013年5月14日 (火)

デボーションメール20130514

■マタイ27:51すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。

★旧約時代、「それを見たら私は人を滅ぼしてしまう。焼き尽くさざるを得ない」と神様は、やがての贖いの完成まで、人の罪を見ないと、至聖所から外が見えないように、厚い幕で覆うようにモーセに指示されました。それが今やキリストが十字架上で叫ばれた「完成した」の宣言と同時に人手によらず上から裂けたのです。支払い済み、あなたは赦されました。

■レビ11:45わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した主であるから。あなたがたは聖なる者となりなさい。わたしが聖であるから。」

★生活律法として、贖いの完成まで、厳守するように、神様が示された内容です。生活のただ中できよくあるようにということを意識して民が過ごすように、神様の意図がそこにあったのです。

■レビ12:5もし、女の子を産めば、月のさわりのときと同じく、二週間汚れる。その女はさらに六十六日間、血のきよめのために、こもらなければならない。

★子を産んだ婦人への思いやりを主はこうしたかたちで表されました。あなたは今日一日、かかわる人にどんな思いやりを示すことができるでしょう。なにより主はあなたを思いやって今日も導いて下さるお方です。主の御手の中にあって安んじましょう。ヒデ

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2013年5月13日 (月)

デボーションメール20130513

■マタイ27:42「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。

★彼らの要求どおりに主が十字架からおりられたら、彼らの反応はどうなるのでしょう。それは主にできないわけではありません。しかしそこには救いがないのです。十字架にとどまり続けることを選んで下さった主だからこそあなたは救われました。

■レビ8:36こうしてアロンとその子らは、主がモーセを通して命じられたことを残らず行った。

■レビ9:22それから、アロンは民に向かって両手を上げ、彼らを祝福し、罪のためのいけにえ、全焼のいけにえ、和解のいけにえをささげてから降りて来た。9:23ついでモーセとアロンは会見の天幕に入り、それから出て来ると、民を祝福した。すると主の栄光が民全体に現れ、9:24主の前から火が出て来て、祭壇の上の全焼のいけにえと脂肪とを焼き尽くしたので、民はみな、これを見て、叫び、ひれ伏した。

■レビ10:1さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を主の前にささげた。10:2すると、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは主の前で死んだ。

★栄光を主に帰そうするささげものか、自分に栄光を帰そうとするささげものか。御自身に近づく者に主はそれを問われます。

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2013年4月20日 (土)

デボーションメール20130420_マタイ14@13-36 創世記46-47

■マタイ14:30ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください」と言った。

★要注意です。イエス様から目を離すことは。あっという間に人は状況という嵐に支配され、信仰を失ってしまうのです。人間が本質的に抱えるこの弱さを理解し、どこまでも神様により頼もうとする人は幸いです。それにしても主は溺れることをもって危機をあなたに気づかせ引き上げて下さるお方。どこまでも決して主はあなたを捨てません。

■創世記46:3すると仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。

★エジプトに下ることを恐れるとは、現代風に言えばこの世と深く関わることに畏れを抱くと言うことです。これは大切な霊的なセンスです。俺はそんなことに畏れを感じない、そんなに俺は弱くないと思う人があれば、その方こそ、神様のを恵みをこの世とのかかわりの中で、全て失ってしまうのではないかと心配になります。あなたの不安を察知する機能は正常に働いていますか。

■創世記47:23ヨセフは民に言った。「私は、今、あなたがたとあなたがたの土地を買い取って、パロのものとしたのだから。さあ、ここにあなたがたへの種がある。これを地に蒔かなければならない。

★あわれみを持って人に接することがいかに尊いことかが鮮やかに描かれている箇所です。ヨセフの知恵と心、確かに人々はそこにヨセフと共におられる神様を見たのです。ヒデ

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