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2011年2月 3日 (木)

祈り

2011年2月2日の祈祷会、
聖研は
祈りについて。
ヤコブの手紙

『祈る』と、『願う』とは違います。

神様の御心に叶う祈りをしましょう。

祈りがきかれた時、
かなった、と私たちは言わないでしょううか。
まさに、神の御心に『かなった』。

祈りの動機を神様は見ていらっしゃる。

祈りがきかれない時、
きかれないことによって
神様はその祈りに応えていらっしゃる。

何故きかれなかったのだろうか?
その時、自分の祈りの本質が問われていることに気付きます。


M兄が
「こうして下さい、ああして下さい
と祈るのは間違っている。
神様は御用聞きではない」

私もそう思っていました。
神様に命令してしまっているのではないか…
と思っていました。
だから慎重に言葉を選んで祈るようにしました。

だけど言葉を選ぶだけではダメで、
そこに祈りの動機が問われるのです。
そんなことはわかっていたはずなのに
改めて気付かされました。

わたしからこの杯をさらせて下さい、
けれど神様のお心で、
と祈られたイエス様のように。

神様にはなれなくとも
神様の視点で物事をみることはできる、
と教えられました。

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