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2012年2月 9日 (木)

デボーションメール20120209

■ヨブ17:1私の霊は乱れ、私の日は尽き、私のものは墓場だけ。17:2しかも、あざける者らが、私とともにおり、私の目は彼らの敵意の中で夜を過ごす。17:3どうか、私を保証する者をあなたのそばに置いてください。ほかにだれか誓ってくれる者がありましょうか。

★言葉にならない霊的、身体的苦しみにもまさり、説得しよう、悔い改めさせようとの友からの傷つけることば。そうした苦しみの中でヨブは上の言葉を神様の前に注ぎ出します。この時は今だ希望は見えていませんが、19:25では「私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。19:26私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。」とヨブの霊の目は開かれ確信が与えられます。苦しみの中にある方がいらっしゃいますか。失望してはなりません。神様は必ずあなたを保証するお方として救い出されます。

私は苦しみの中にいると言えるのでしょうか?

私は甘美な苦しみの中にいます。

失望はしていませんが、これがどういうことなのか、
いつも考え続けています。
ヨブのように正しい人がこのような苦しみを受け、霊の目が開かれるというのです。

私など到底到達し得ない、という気がします。

■使徒26:17わたしは、この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす。26:18それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』26:19こういうわけで、アグリッパ王よ、私は、この天からの啓示にそむかず、26:20……悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えて来たのです。

★パウロはなぜ福音の宣教者となったのか。彼が天からの啓示に背かなかったからです。神様の啓示に従うことで人は造られ、歴史が造られていきます。我が願いではなく御心に生きることを選び取る人々によって希望と平和は広げられるのです。神様の語りかけに対する従順の中を歩みましょう。ヒデ

祈ることは願い事をすることではない、
神様は御用聞きではない、

キリスト教は御利益宗教ではない。

よく、そう言われます。

中世、免罪符などというものを売りだし、これを買えば天国に行ける、

とはなにをかいわんや、ですね。
世の中にはキリスト教をかたり、さまざまな物を売りつける事件が起きています。

一時は社会問題となったほどで、近年はオレオレ詐欺が話題になっていましたが、
そのレベルに近いものかもしれません。
ただ、宗教がらみですと、
本人に騙す意志があるのを証明するのが困難なため
泣き寝入りになることが多いそうです。
中には本当に信じてつぼなどを売る人もいますからね。

要は『幸せはお金では買えない』と肝に銘じておくことが大切です。

こんな単純なこと、誰でもわかっているはずなのに・・・

もちろんお金で買える幸せもあります。

でも根本的に違うでしょ?

話がそれました。

祈りの時、もちろん願い事をしてもかまわないのです。
けれど神様の御心が他にあるのならそれに従います、

という気持ちでお願いごと、したいと思います。

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