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2012年2月18日 (土)

デボーションメール20120218

■マルコ15:33さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。15:34そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

★捨てられはずのないお方が、捨てられて当然の私を救うために、神様に捨てられて下さった。それによって罪人が神様の前に立ち返ることのできる救いの道が開かれた。まさにこの十字架上のキリストの宣言が聖書の救いの根拠、キリスト教の中心です。主はあなたの存在と生涯と贖うために十字架上にご自身のいのちを捧げて下さいました。その代価をもって贖うために。ゆえに父なる神様がご覧下さる時、私たちは代価を払ったキリストと同じ価値ある、かけがえのない存在です。

聖書のこの個所はとても重要で、時にキリストを否定する材料にもなり得るところです。
イエスと言えど、ヒトの子だ、今わの際になると、やはり泣きごとを言っている、
と言う人がいます。
私はそれに対して「そうではない」と思うのですが、説明できません。
ただ、
イエス様が父である神様に向かって
うらみつらみの泣きごとを言うような
世俗的な方ではない、
と主張するばかりです。



■マルコ16:5それで、墓の中に入ったところ、真っ白な長い衣をまとった青年が右側にすわっているのが見えた。彼女たちは驚いた。16:6青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。

★深い悲しみと失意のゆえにいつまでも立ち上がれそうにないときがあります。しかしキリストはあなたをその所から連れ出して下さるお方です。ご自身そこから甦らせられたのです。父なる神様は、ご自身をおそれ、ご自身の御心に餓え渇くお互いを陰府に捨て置かれるままにすることはありません。信じましょう。私たちに必要なのは信仰と忍耐です。ヒデ

神様はさじ加減をよくわかっていらっしゃって、
私に重すぎる荷物は背負わされません。

思えば私の人生はいつもひとりではなくどんな辛い時も、
やがてはそこから救い出されることがなんとなく感じられました。
このように不信仰な者をも神様は拾い上げ続けて下さいました。
なんとかなる、というけれど、神様はなんとかして下さる御方です。


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