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2012年2月20日 (月)

デボーションメール20120220

■詩篇120:6私は、久しく、平和を憎む者とともに住んでいた。120:7私は平和を──、私が話すと、彼らは戦いを望むのだ。

★作者が乱暴な異邦人の中で住んでいた時のことを詩的に表現する内容ですが、平和に生きたいと願い、またその努力もしようとする作者。しかし、彼が口を開くと、難しさを経験します。あなたもこうした経験をお持ちかも知れません。主を見上げましょう。

ここまで厳しくなくても、
些細なことであっても、
ふと、わかってはもらえないだろうな、

と思うことがあります。
こんな時、ひとはふと主をみあげるのでしょうか?
主はこちらをごらん、と言って下さっていますか?



■ガラテヤ3:26あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。3:27バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。3:28ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。3:29もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。

★ながらく律法のもとにあった私たち。それは私たちの内にイエス・キリストによる信仰が引き出されるためでした。神様の奴隷ではなく子とされた特権の中を歩ませて頂きましょう。ヒデ

旧約聖書には立法が語られています。
日常生活における様々なことが細かく定められ、
なぜイエス様が神の子羊と言われるのかもわかります。
私は新約聖書を読むとほっとします。

イエス様に限りない優しさを感じるからです。

その優しさは甘えるものではないと思ってはいます。
それでも、涙が音をたてず流れるような、
そんな優しさが感じられるのです。
こんなこと言ってはいけないのかもしれませんが。

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