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2012年2月29日 (水)

デボーションメール20120229

■ヨブ42:7主はテマン人エリファズに仰せられた。「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。それは、あなたがたがわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったからだ。42:8今、あなたがたは……ヨブのところに行き、あなたがたのために全焼のいけにえをささげよ。……わたしは彼を受け入れるので、わたしはあなたがたの恥辱となることはしない。……42:10ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブの繁栄を元どおりにされた。主はヨブの所有物もすべて二倍に増された。

★ついに神様ご自身がヨブとその友に現れて下さり、ヨブの正しさを明らかにして下さいました。ヨブは傷口に塩をすり込まれるような言葉を友からどれほど聞かされたことか。しかしヨブはその友のために赦しと祝福を祈ります。その時神様はヨブの繁栄を元どおりにされ、所有物もすべて2倍にされました。「私は神様から幸いを受けているのだから、災いも受けるべきではないか」と神様に対しては呪うことなく、友に対しては赦しに生きるヨブ。人が心に刻むべきことを真に教えるヨブ記でした。

ヨブは神様の御前に正しいひとでありながら、
これ以上ないほどの多くの災いを受けました。
教会員の方のお嬢さんは、少し複雑な病気を抱えていらっしゃいます。

定期的に健診を受けなければならないのに、

全く病院にはいかないそうです。
そして、
「神様が本当にいるのなら、なぜ私をこんな病気にするの?」
こんな病気にした神様をうらむ、
と熱心なクリスチャンであるお母様に訴えられたそうです。
そのお母様は御主人とお嬢様おひとりを残して天に帰られました。

ある信徒の方は、その方がそこまで生に執着なさるとは思わなかった・・・

とおっしゃいました。
やや批判的なひびきもあったのかもしれません。
後に残していく一人娘さんの病気、
家事の経験など全くないに等しい御主人、

彼女が生に執着したことが間違っていたとは思えない私。
少しでも生きながらえるために努力したって
神様はお叱りにならないと思います。


■2コリント1:8……私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、ついにいのちさえも危くなり、1:9ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。これは、もはや自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。1:10ところが神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。また将来も救い出してくださいます。なおも救い出してくださるという望みを、私たちはこの神に置いているのです。

★苦しみを通して使徒パウロに与えられた確信です。試練は苦しいものです。しかし人がその試練の中でもあくまでキリストの内にあり続けようとする時、その人の生涯を通して主は栄光を現されます。ヒデ

ネブカドネザル王にどんなにひどい仕打ちをされようとも、
「それでも私は神様を信じる。」
主は私を握りしめていて下さいます。

神様の指の隙間からこぼれおちそうな私。
生きる価値もないような私でも神様は
その手にしっかり握りしめていて下さいます。

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