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2012年3月 5日 (月)

デボーションメール20120305

■マタイ5:13あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。5:14あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。5:15また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。

★塩は自分をむなしくし溶けてこそその役割を果たせますし、光は高き所に掲げられてこそ周りを照らせます。あるべきものがあるべきところにあることの尊さを覚えましょう。あなたはキリストにあって地の塩、世の光とされました。

私はあるべき者として主がこの世におかれたのでしょう。
私は塩気を味わい、世の光に照らされています。
主はこんな私に自ら地の塩となれ、世の光となれ、
とおっしゃってくださっているのでしょうか?

そうなれるとすればずいぶん私は高められる気がします。


■マタイ6:26空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

★あなたはさらにまさったものです。神様によってそのように創られたのです。神様がそのように定められたのです。神様が創り、定め、よろこび、祝福しているのに、その神の作品である『あなた』を卑下しているのは誰ですか。その人は神様の愛を受け入れ悔い改めなければなりません。人は自分を神にすることはできないのです。

明日のことを思い煩うな、
そう言われてもなかなか安心できないのが人間かもしれません。
神様の御恵みはついつい見えないことばかりのように思いがちですが、
目に見える御恵みがこんなにたくさんあります。

そういえば人は神様にはなれないけれど
神様のなさるようにしようとすることはできると教えられました。

最初は、え?と思ったのですが、
こんなに神様の祝福と憐みとゆるしを受けている私なら、

他の人を祝福し、憐れみ、ゆるすことができるのでしょうか、

でもその前に、
私自身が一番ゆるしてもらわなければならない存在なのだ
ということを忘れないようにしたいと思います。



■マタイ7:13狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。7:14いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

★損か徳か、楽かどうか。見栄えが良いか悪いか。それがあなたが持つべき価値観ではありません。『それは御心かどうか・キリストか喜ばれるかどうか』です。『イエス様ならどうなさるか』を人生の価値観としていることの大切を覚えましょう。ヒデ

世の中ってそういうものだなあと思います。
狭き門というジイドの小説はあまりに有名ですが、
本のタイトルが聖書からとったものだと知ったのは
いつのことだったでしょう?
子供心に、善いものは簡単には手にはいらなくて当たり前なんだろうな、
などと思った記憶があります。

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