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2012年3月 6日 (火)

デボーションメール20120306

■マタイ8:8しかし、百人隊長は答えて言った。「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。8:9と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私自身の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします。」……8:13それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。

★信仰とはイエス様に与えられている権威を認めそれを受け入れることでもあります。イエス様に与えられている権威とはどんな権威でしょう。主は語られたました。「私は天においても地においても一切の権威が与えられた」と。さああなたはこれを認め、告白しますか。

百人隊長のこの言葉、
決して難しいことを言っていません。
日常生活の中にイエス様の御言葉、ひととなりが生きています。



■マタイ9:28家に入られると、その盲人たちはみもとにやって来た。イエスが「わたしにそんなことができると信じるのか」と言われると、彼らは「そうです。主よ」と言った。9:29そこで、イエスは彼らの目にさわって、「あなたがたの信仰のとおりになれ」と言われた。9:30すると、彼らの目があいた。

★自分の内に信仰があるか、ないかをさぐるよりも、主を見上げましょう。主はあなたの内に生ける信仰を引き出して下さるお方です。

私にそんなことができると信じているのか、
牧師先生がキリスト教にあるのは教えではないんです、

ただイエス様がいらっしゃるだけ、ただ信じること、
それが奇蹟を起こすのだと思いました。

それは自分の中に信仰があるかないかをさぐることのように考えていましたが、

そうではない、と深いところをさぐられた思いです。


■マタイ10:32ですから、わたしを人の前で認める者はみな、わたしも、天におられるわたしの父の前でその人を認めます。10:33しかし、人の前でわたしを知らないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父の前で、そんな者は知らないと言います。

★何を畏れるのかが問われ、それによって報いを受けるのが人生です。ヒデ

うーん、何を畏れるかと言われると、私は・・・だ。
まずは、自分がクリスチャンであるとなかなか言えないことが問題だ。
こんなやつでもクリスチャンだと言うのか、

と言われそうで・・・。


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