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2012年3月12日 (月)

デボーションメール20120312

■詩篇125:1主に信頼する人々はシオンの山のようだ。ゆるぐことなく、とこしえにながらえる。125:2山々がエルサレムを取り囲むように、主は御民を今よりとこしえまでも囲まれる。

★信仰者の平安な生涯が、エルサレムの不動性にたとえられ、神様がその民を守られる様子が形容されています。あなたは「昨日も、今日もいつまでも変わることのない」キリストに、信仰によってつながることを通して永遠を生きるものとされました。移り変わるこの世に支配されないでキリストに目を向けて歩みましょう。

本当はどんな時も、私が目を向けなければならないのはキリスト。


■マタイ26:73しばらくすると、そのあたりに立っている人々がペテロに近寄って来て、「確かに、あなたもあの仲間だ。ことばのなまりではっきりわかる」と言った。26:74すると彼は、「そんな人は知らない」と言って、のろいをかけて誓い始めた。するとすぐに、鶏が鳴いた。26:75そこでペテロは、「鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います」とイエスの言われたあのことばを思い出した。そうして、彼は出て行って、激しく泣いた。

★主が一番よりそって欲しいとき、何とか主の後をついて行ったペテロ。しかし離れすぎていたのです。だから結果的に「そんな人は知らない」と否むことに。しかしその距離を人間の努力や頑張りで埋めることは出来ません。そのために主は十字架の上で「父よ彼らをゆるして下さい。」と執り成し、当然私たちが支払うべき罪の報酬としての死を、身代わりに払って下さいました。あなたは愛されています。あなたの失敗は赦されています。あなたの存在は受け入れられています。キリストの愛の中に飛び込みましょう。そしてキリストに守って頂くのです。主は十字架に掛かられましたが、よみがえり、今も生きてあなたのために立ち上がって下さるお方です。ヒデ

この時「そんな人は知らない」と言ったペテロも、
やがては何物をも恐れずキリストを述べ伝える者として
用いられるようになります。
イエス様にはそんなこともとうにわかっていらっしゃったのでしょう。
願わくば、イエス様が十字架にかかられる前に
そうなればよかったのかもしれませんが、
私はここにペテロの成長を見守るイエス様の
暖かいまなざしを感じてしまうのです。
そのまなざしが私にも向けられていると思うとぞくぞくするほどです。


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