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2012年3月17日 (土)

デボーションメール20120317

■ローマ10:9なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10:10人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。10:11聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

★「口で告白して救われる」とは何という恵みでしょう。ただ初代教会の迫害の中にあっては、非常に重いことでした。村八分にされるかも知れない、そればかりか殉教をさえ覚悟する必要があるかも知れない。それでも彼らは、主こそ私の人生の主、罪からの救い主、私はこのお方を否むことができません、と証ししたのです。あなたはどんな決心でこのお方を告白したでしょう。人は計る計りではかりかえされることを覚えましょう。

しょせん人は自分の計りでしか物事を計れない、
と思っています。
安易に他のひとのことをとやかく言うな、
と私はこどもを戒めてきました。
その人のことを本当にわかってあげられることはなかなかできない、
と人生を通じて痛切に感じているからです。
それならいっそ、正直に自分の立場から見つめ直してほしい、
と思うからです。
人は思いあがりやすい生き物です。
しかし、ここでは
ひとは計る計りではかりかえされる、と言われています。
それは確かです。
大切なのはイエス様を主とみとめ信じて告白すること、
告白、告白、告白…。



■ローマ12:1そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。12:2この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

★「ならいっょう、一肌脱いで神様のために何かしてあげましょうか。」ではありません。ただ受け入れられているのは神様のあわれみなのです。あわれみとは受ける資格のないものが、赦されて祝福に与ることです。これが霊の世界の祝福の土台です。この上にのみ人は行いを積み上げ、父なる神様の報いをうけることができます。しいられて嫌々ではなく、喜んでこのスピリットの中を歩ませて頂きましょう。ヒデ

神様の一方的な愛、
それはけしておしつけではなく、
ただ信じて神様に赦されて祝福されていることを
受け容れるべきだと思っています。
何も抵抗なく、
素直に信じられるのはとてもうれしい。




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