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2012年4月 2日 (月)

デボーションメール20120402

■ヨハネ4:15女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」4:16イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」4:17女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。4:18あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。」

★5回の結婚を通してもその心が満たされることなく、なお新たに6人目ともなる人と同棲中の婦人。どれほど愛に病み、また餓え渇いていたことでしょう。いえそればかりかそこに自分ではどうすることもできない離れられない罪が潜んでいたのです。主はそのことをご存じで、求めて近づく婦人にあえてストレートに「夫を連れてきなさい」と語られます。罪は隠すものではなく、キリストのもとに告白し、そこから離れる力を頂くべきものです。このあと婦人は解放され「私のしたことの全部を言い当てた人がいます」と告白します。全部ではなくただ一つのことにどれほど人は縛られることでしょう。あなたは何かに縛られていませんか。本当の自由を経験するために、その一つのことをキリストのもとに差し出しましょう。ヒデ

この婦人の話はあまりに有名な聖書の個所で、私でも覚えています。
婦人は疲れ果てイエス様に救いを求めました。
本当によかったですねえ・・・、と言いたいような思い。
何かをしたいと思うと、それをする自由を主張する人がいます。

私もその一人です。

けれど、何かをしたい、という欲望の囚われ人になっていないだろうか、

と考えます。

“裁きの家”だったかなあ?
バナナを食べたい、と思うだろう?
でも食べたいだけ食べたらどうなる?
欲望の果ては死である、その詞が頭に残っています。

自由の仮面を被った欲望は人間を捕らえて離さないものです。
ついでに言わせていただくと、
知人にどうしても煙草をやめられない人がいます。

喫煙行為には依存性があり、それは麻薬となんらかわりありません。
麻薬、というとビビるくせに煙草は平気、

日本はなぜ煙草をこんなに自由に放置しているのか不思議です。

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