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2012年4月 4日 (水)

デボーションメール20120404

■ヨハネ7:50彼らのうちのひとりで、イエスのもとに来たことのあるニコデモが彼らに言った。7:51「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか。」

★いじめられている人の側に立ち擁護することは勇気と霊的力がいるものです。ましてや自己保身を最優先にする価値観に立っては誤解されている人、弱い立場の人を擁護することは不可能でしょう。ニコデモはこのあとキリストが十字架につけられたあと、その亡骸を引き取りに行きます。しかもそれは弟子たちでさえ逃げ去ったあとの出来事です。本当の勇気、優しさ、強さ、友といったことを考えさせられます。

自分はとても小さい、卑怯で、欲張りで、どれほども優しくない、
自分の実態に気付き始めた子供の頃。

それはとても受け容れ難いものでした。

自分は普通の人よりずいぶんとたいしたことない人間だ、
とだんだん認めざるを得なくなってきます。

若い日の悩みは、私の中で今どのように変わったでしょうか?

 

 

■ヨハネ8:10イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」8:11彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」

★あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」とはキリストが姦淫の現場でとらえられた婦人の前で語った言葉です。結果、人々は誰もいなくなり、そののち語った言葉が上の内容です。罪に定める資格がない群衆と、「私も罪に定めない。」と語るキリストを同じにしてはなりません。罪ある者に対して「定めない」と語る以上、その者にはその責任が問われます。主はその責任を果たすため、この婦人だけではなく、全人類の罪の責任をも背負って十字架にかかって下さいました。その打たれた傷によってあなたも赦されたのです。ヒデ

わたしもあなたを罪に定めない・・・
なぜなら主はご自身でこの婦人の罪を購われるのですから。

罪のない者が最初に石を投げよ、と主がおっしゃったとき、
さすがに誰ひとりとして、自分は罪がない、と思った者はなかった、ということです。
何某か罪を犯していると思い当たることがあったのでしょう。

私はここにわずかばかりの救いを感じるのですが・・・

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