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2012年4月 9日 (月)

デボーションメール20120409

■1ヨハネ4:9神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。4:10私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。4:11愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

★愛を受けとった者は互いに愛し合うべきと使徒ヨハネは語ります。しかしヨハネがこのように記さなければならない背景に、教会にはそれを留めようとする力が働いていたようです。まさにそれは人の肉性のなせるわざです。さまざまな霊の力が働きます。だからヨハネはすべての霊によって動かされることのないよう、すべての霊を信じるのではなく、それが神様からでたのかどうか試しなさいと語ります。受肉すなわち遜ることを指し示す神様からの霊を信じるのです。

霊がすべて神様からのものではないと知りました。
今更、と言われそうですがほんとうにそうです。
考えてみたら全ての霊が神様からの霊だなどという保証はどこにもありませんでした。

神様からでたのかどうか試しなさい、とは厳しい。

■1ヨハネ5:12御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。5:13私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。

★初代教会においても救いの確信を持ち得ない人々があったようです。「果たして私はすでに永遠のいのちを得ているのだろうか」と。それを知る方法です。あなたは既にキリストを心の内に人生の主として迎えていますか。そうであるなら永遠のいのちを持っています。そうでなければ永遠のいのちにあずかれるようにキリストを心の内に迎え入れましょう。キリストはあなたの人生を完成させてくださいます。ヒデ

私は充分に救われています。

それなのに勝手な行動をとり、神様から離れてさまよう時があります。

神様が救いの手を差し伸べて下さっているのに、その手にすがろうとせず、自己の欲望のとりこになっている…、
そんなことを思うことがあります。

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