« デボーションメール20120409 | トップページ | デボーションメール20120411 »

2012年4月10日 (火)

デボーションメール20120410

■詩篇117:1すべての国々よ。主をほめたたえよ。すべての民よ。主をほめ歌え。117:2その恵みは私たちに大きく、主のまことはとこしえに。ハレルヤ。

★一番短い詩篇で、これで全部です。勧められていることは主に誉れを帰すこと。自分にではありません。この秩序の奥義を理解し、そこに生きる時、人は癒され思い煩いから解放されます。

主に誉れを帰す、とはどういう意味なのでしょう?
自分にではなく、主に帰せよとここには書かれています。
何につけ自分が主体になってはいないでしょうか?と省みる自分でありたい。

 

■2ヨハネ1:9だれでも行き過ぎをして、キリストの教えのうちにとどまらない者は、神を持っていません。その教えのうちにとどまっている者は、御父をも御子をも持っています。

★行き過ぎをせずキリストのうちにとどまりなさいと勧める使徒ヨハネ。要は真理は両極端のどちらかにではなく恵みの中にあると言うことです。人は一方に傾き走りやすいものです。極度の律法主義や正しい知識に基づかない熱心さ等。そこにはそれを助長させようとする目には見えませんがサタンの働きかけもあります。自分の何かの頑張りに信仰が支えられることがありませんように。また敗北主義に支配された惰性に流されるものでありませんように。むしろ恵みによって支えられる生き方の中に命の泉は湧き上がります。

頑張る必要はないのだ、と思いました。

信仰は努力にささえられるものではないのだと知りました。
ただ自然にひたすら神様の御恵みに感謝できる自分でありますように。

心を空しうして、という詞を思います。

 

■3ヨハネ1:2愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。

★使徒ヨハネのことばです。同じ思いであなたのことを愛しておられるお方がいます。主です。また森もそう祈ります。あなたは愛されるために主によって息吹きかけられました。主の栄光を反映するために生かされました。あなたには主の期待と信じがたいほどの可能性に満ちています。それを引き出す秘訣は、おごることなくありのまま感謝してです。自分で自分を縛ることのありませんように。ヒデ

私は愛されるために生まれました。
主の栄光を反映するためにこの世に生かされています。
おごることなく、ありのままに感謝せよ。

私は愛され、生かされている…

私はそれを知っています。
知っていると思っています。
けれど、自分は知っているつもりになっているだけだという気もします。

知っているつもり、それが私のおごりなのかもしれません。

« デボーションメール20120409 | トップページ | デボーションメール20120411 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1429720/44827890

この記事へのトラックバック一覧です: デボーションメール20120410:

« デボーションメール20120409 | トップページ | デボーションメール20120411 »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のコメント

最近のトラックバック

無料ブログはココログ