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2012年4月25日 (水)

デボーションメール20120425

■創世記32:27その人は言った。「あなたの名は何というのか。」彼は答えた。「ヤコブです。」

★いよいよ兄エソウの待つ生まれ故郷に向かうヤコブ。どれほどの財を蓄えたかを誇り、僕の数の多さでエソウを威圧し、その口を塞ごうとします。しかしエソウは、昔から変わらないそのヤコブの横柄さに触れ激怒し、迎え撃とうと備えます。恐れたヤコブは、どんなことが起こっても自分は助かるようにと、自らを隊列の一番最後としますが、不安を拭うことができません。そんなヤコブに主が触れられ、はじめて自分の口で「ヤコブ」、「私は押しのけるものです」と彼は語るのです。自我の砕きです。ここからヤコブの生涯がイスラエル(神の皇太子)のそれへと変えられます。あなたは自分の横柄さ罪深さを素直に認めることができますか。

自分の心の中ではなんとなくわかっていても、
それを神様の前にさらけ出すことは勇気を必要とする。
罪をぼかしてしまう。
神様はわかっていらっしゃるのに、
そのことを知りながら
なぜごまかそうとするのだろう、私は。



■創世記33:3ヤコブ自身は、彼らの先に立って進んだ。彼は、兄に近づくまで、七回も地に伏しておじぎをした。33:4エサウは彼を迎えに走って来て、彼をいだき、首に抱きついて口づけし、ふたりは泣いた。

★砕かれたヤコブは隊列の先頭に立ち、エソウの前に遜ります。変えられたヤコブです。それを受けたエソウの姿が上の御言葉です。エソウのわだかまりがヤコブの遜りによって取り除かれました。仲のよい兄弟の姿はいつの時代も麗しいものです。

相手の命さえ奪おうとするほどの深い深い憎しみがあったはずなのに、
これが兄弟というものでしょうか?
それとも、兄弟でなくとも一方がこのように遜れば
他方の心もとけるものなのだろうか?
うん、とけると思う。
その上、この二人は兄弟なのだ。
兄弟姉妹は仲良くて当然、
ふだんは喧嘩していてもいさとなれば結束する、
それが兄弟姉妹かなあと思っている私。



■創世記34:2すると、その土地の族長のヒビ人ハモルの子シェケムは彼女を見て、これを捕らえ、これと寝てはずかしめた。

★本来留まるべき所でない所に留まったヤコブ家族に災いが。ヤコブの娘ディナが先住民の族長の息子によって辱められたのです。怒りに駆られたヤコブの息子たちは男たちを皆殺しに。しかし周りの部族の憎まれ、結局その地に留まることができず、出で立ちます。ヤコブに対する神様の憐れみ、配剤を感じます。ヒデ

これは女性のはしくれとして耐えがたい屈辱、
まずはそう思ってしまいます。
いくら気にいったからと言ってもあんまりなことで、
デナの人格が完全に無視されているじゃない、
と思う私。
ときどき、女性の人権ってなんだろうな、
とそのほうにばかり気がいってしまいます。

結果、恐ろしいことが起き、
ヤコブはこの地を去るのですね。
これも神様の御配慮なのでしょうか。



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