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2012年5月 1日 (火)

デボーションメール20120501

■創世記48:21イスラエルはヨセフに言った。「私は今、死のうとしている。しかし、神はあなたがたとともにおられ、あなたがたをあなたがたの先祖の地に帰してくださる。

★父ヤコブが危ないと知らされたときヨセフは二人の息子を連れて父の元を訪れます。そこでヤコブはヨセフの子マナセとエフライムを祝福し、ヨセフに希望を与えます。すなわち約束の地であり、先祖の地であるカナンへの帰還です。あなたは大切な人の為にどんなメッセージをもっているでしょう。その為にどのように神様からの語りかけに耳を傾けているでしょう。

大切な人へのメッセージ・・・
私が伝えなくてはならないこと?
神様が私を用いて伝えようとなさっていること?
神様からの語りかけの耳を傾けるということは、
そういうことも意味しているんですね。



■創世記49:1ヤコブはその子らを呼び寄せて言った。「集まりなさい。私は終わりの日に、あなたがたに起こることを告げよう。

★ヤコブの息子達への遺言が語られる章です。神様から託された12人の子供達への預言と、自らの願望を語ります。神様は確かにアブラハム、イサク、ヤコブと、ご自身の立てた選びの器を用いてみわざを進められました。それが証拠にここで預言されることがことごとく成就するのです。「押しのける者」ヤコブを召しだし、神の皇太子「イスラエル」と定められた神様のご計画がここに完成します。そして神様はあなたの人生も必ず完成へと導かれます。

神様の御計画、
選びの器、
神様に失敗や間違いはない。ということは
私の人生は必ずや完成へと導かれる、ということですか?
もし、完成に導かれないとすれば
そこには永遠の破滅が待っているということ。



■創世記50:24ヨセフは兄弟たちに言った。「私は死のうとしている。神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。」50:25そうして、ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたがたを顧みてくださるから、そのとき、あなたがたは私の遺体をここから携え上ってください」と言った。

★人生いかに生きたか、そして何を残すか。人は生きたようにしか死ねません。ヨセフはここで希望を残します。それが神様と共に歩んだヨセフの生き様でした。ヒデ

よりよく生きる、
私はよくそう思うのですが、

確かにその人の生きざまは死にざまだ、
と言うヒトがいます。
あんなことしてたらろくな死に方をしない、

などという言い方もします。
ばちがあたって野たれ死に。
そんな乱暴な言い方もします。
ばちが当たったのではなく、
自分が選んだ死にざま、ということになるのかな?

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