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2012年5月10日 (木)

デボーションメール20120510

■出エジプト25:22わたしはそこであなたと会見し、その『贖いのふた』の上から、すなわちあかしの箱の上の二つのケルビムの間から、イスラエル人について、あなたに命じることをことごとくあなたに語ろう。

★神様は約束の地に向かうイスラエルと、ご自身が共にあるために、聖所と契約の箱を造ることを指示します。上の御言葉は、そうするならと語られた御声です。主は『贖いのふた』から語られる方。すなわちそのメッセージは赦しです。あなたを訴えるものはサタン。人はヘビににらまれたカエルではありませんが、以外と不健康でありつつも主からの赦しを受けとるよりも、自虐的なサタンからの言葉を受け取り、自己憐憫の中に留まり続ける事も。あなたは『贖いのふた』の合いだから語られる主の御声によって生きるのです。

私は自虐的なサタンの言葉を受け取っているのかもしれない。
主からの赦しを受け取っているつもりでいたのだけれど、

自己
憐憫、
…あるかもしれない。



■出エジプト26:1幕屋を十枚の幕で造らなければならない。すなわち、撚り糸で織った亜麻布、青色、紫色、緋色の撚り糸で作り、巧みな細工でそれにケルビムを織り出さなければならない。

★今度は聖所と契約の箱が収まる幕屋についての神様からの指示です。あの少年サムエルも、バプテスマのヨハネの父となったザカリヤもこの幕屋の中で主に仕えたのです。

聖書通読をしながら、なんと細かく定められているのだろう、
と思いました。
でも、
このとおりに作られなければならなかったのだし、
実際そのように作られたのだと思います。
かつて私は神様は細かいことはいちいちおっしゃらない方なのだと
なんとなく思っていました。
でも…、違いました。
この辺りになると、正直なところ、私はさっぱりわかっていません。
いったい、本当に大切なことは何なのだろう?
そんなことをふと思いましたが、
いやいや聖書に書かれてあるのだから…、
聖書にその記載があるというだけでそれでいいのだ、
と思い、考えるのをやめました。
誰かに尋ねられたら牧師先生に尋ねて下さいと言えばいい。
私ももっと信仰の道を歩んでいけば、そのうち何かつかめるかもしれない、
と思ったのです。



■出エジプト27:1祭壇をアカシヤ材で作る。その祭壇は長さ五キュビト、幅五キュビトの四角形でなければならない。高さは三キュビトとする。27:2その四隅の上に角を作る。その角は祭壇の一部でなければならない。青銅をその祭壇にかぶせる。

★祭壇とはいけにえの動物の血を注ぐために用意されたもの。民はここで主の前に出るとき、自らの罪深さを自覚したのです。あなたの赦しのためにはキリストの血の犠牲があったこと心に刻みましょう。ヒデ

全く無垢の動物の血を注ぐことにより、
ひとはゆるされなければならなかった。
私はイエス様の血を注がれた者、

私はゆるされている。
罪にまみれた生きる価値のない者がキリストの血により、
生かされている。
永遠の滅びにではなく天国につながっている。
本当に?
こんな私でも?

とすれば素晴らしい。


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