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2012年5月18日 (金)

デボーションメール20120518

■レビ記8:6 それから、モーセはアロンとその子らを近づかせ、水で彼らを洗った。

★神様の一方的な選びと召しによってアロンの子孫が祭司の名誉と責任を負うことに。祭司とされた彼らは、人々がいけにえをささげるのを助ける前に、きよめられ、自らをささげなければなりませんでした。あなたもこの時代、神様によって祭司とされました。大切な人々の救いのために神様の前に取りなしましょう。

うん、ここの意味はわかる、と思う。
私は祭司。
しかし…。
なんか、どう考えても役不足の反対、
力量の不足。



■レビ記9:23ついでモーセとアロンは会見の天幕に入り、それから出て来ると、民を祝福した。すると主の栄光が民全体に現れ、9:24主の前から火が出て来て、祭壇の上の全焼のいけにえと脂肪とを焼き尽くしたので、民はみな、これを見て、叫び、ひれ伏した。

★主の定めに従ってイスラエルが献げ物をしたとき、主は火をもって応えて下さいました。この時代、主は信者の心の内に聖霊の火を注ぎ、その心をきよめ愛に満たされます。このことを通して今の時代も世界は神様が生き働いておられることを知ることができるのです。

この時にはこういうことが実際に起こったのです。
現在ならば、大騒ぎになって、
消火器だの水バケツだのとあわてふためくところです。
このことが聖書にきちんと記されることにより、
私ども後世のクリスチャンは神様の働きを知ることができる。
大切なのはこの時に終わってしまっているのではないということ、
神様は今も生きて働き続けていらっしゃるということ。



■レビ記10:1さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を主の前にささげた。10:2すると、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは主の前で死んだ。

★召し出された者の責任を思います。神様の前に混ざりもの。すなわち肉の欲をこめ、自分の考えに基づく献げ物はゆるされません。神様に仕える者は行いではなく、心の動機から問われるのです。愛はおうおうにして、自分の甘えを他者に強いても見えなくすることもあるかも知れません。さまざまな関係において他者を愛するゆえに自分が守るべき約束や義務がおろそかになっていないか点検してみましょう。ヒデ

これがキリスト教の厳しさのひとつだと思っています。
独りよがりの信仰はゆるされません。
勝手に聖書を解釈してしまうことはほんとうにこわい。
けれど神様はやさしい。
だから、正しいことをきちんと知りたい。





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