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2012年6月14日 (木)

デボーションメール20120614

■申命記8:2あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。

★人が祝福を受け取る為には、自分自身を知ることが大切と、主は考えられます。自分を知ったその時、はじめて人は「私を憐れんで下さい」と祈る事ができるのです。さらに主は8:17で「あなたは心のうちで、『この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ』と言わないように気をつけなさい。」と語られます。

それが何であっても何一つ自分の手によるものではなく、
すべてのものが神様の御恵によるもので憐みゆえにそれが与えられたのだと
教えていただき知っています。
けれど、もしかして気づかない間に高慢になっていないか、
と心配です。
御恵は必ずしも喜ばしい状態で訪れるとは限らない、
と思います。
そのことに隠された神様の御心を感じ取りたいと思います。
東北の地震、これを御恵とはとても思えない私です。
このことが何を意味し、何をもたらすものかを知りたい。



■申命記9:5あなたが彼らの地を所有することのできるのは、あなたが正しいからではなく、またあなたの心がまっすぐだからでもない。それは、これらの国々が悪いために、あなたの神、主が、あなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。また、主があなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブになさった誓いを果たすためである。

★うぬぼれと言う言葉を思い出しました。何か恵まれたことがおこった時、その原因を自分自身と関連づけ理解しようとする試みです。このうぬぼれが強いと、人にあきれられ嫌われます。主はこの章でハッキリとその考えは捨てなさい。約束の地に入れるのは、私の一方的な憐れみによってであると語られます。自分に栄光を帰そうと模索する者ではなく、ただ主に感謝をささげるものでありましょう。

どこかにうぬぼれが見え隠れしています。
私、神様にほめてもらいたいと思っているのです。
自分に誇れるものがあるとすれば…
誇るべきものは神、誇るなら神を誇れ。
そうでした、少しは進歩したかな?
あ、これがいけないのか。



■申命記10:16あなたがたは、心の包皮を切り捨てなさい。もううなじのこわい者であってはならない。

★約束の地を前に主は徹底してイスラエルの内面を取り扱われます。裁きではなく、愛ゆえです。約束の地でイスラエルを誇りたい父の心を受けとりましょう。ヒデ

うなじのこわい者?
私が誇らなくても神が誇って下さる。



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