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2013年2月

2013年2月28日 (木)

デボーションメール20130228

■ルカ6:37さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。6:38与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」

★自己保身の為にではありません。人は誤り易いからです。どうしても多角的な視点ではなく一方的な視点で決めつけてしまう傾向に走ることは否めません。だからこそ裁きは天の父に委ねるのです。では私たちのすべきことは?天の父はそれを愛することだと語られます。主の助けなくしてできません。愛することを求めて父なる神様に近づきましょう。主はそのあなたの心を喜び祝福を注いで下さいます。

 

■ルカ7:15すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めたので、イエスは彼を母親に返された。

★主はあなたが諦めることができないその人を知っていて下さるお方です。決して主はあなたを孤独に終わらせることはありません。ヒデ

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2013年2月27日 (水)

デボーションメール20130227

■ルカ4:42朝になって、イエスは寂しい所に出て行かれた。群衆は、イエスを捜し回って、みもとに来ると、イエスが自分たちから離れて行かないよう引き止めておこうとした。

★あなたは孤独を恐れる人ですか。そもとも人々を恐れる人ですか。これらは両方共に自分の人生で行くべき道を誤まるリスクが高まります。主はしばし人々のもとを離れて静まりました。父なる神様との交わりに生きる為です。この交わりこそがイエス・キリストの人生を偉大した秘訣でした。

 

■ルカ5:13イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに、そのツァラアトが消えた。

★人々が恐れ敬遠する重い皮膚病におかされた人が、癒やしを願い、近づいたとき、主が語られた言葉です。主の願いはご自身に近づく人々が自らの必要だけを受け取ることではありません。主の心を受け取って欲しいと願われます。その時こそその人の心と人生が健やかになるからです。利用する者ではなく、心通わせ、互いに思いやり、いたわり合う関係に生きる者でありましょう。ヒデ

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2013年2月26日 (火)

デボーションメール20130226

■ルカ2:35剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現れるためです。」

★女預言者シメオンによって語られた言葉です。主を愛する主の母マリヤの心が刺し貫かれるとは。何と理不尽なことでしょう。しかし、罪なき者の心が刺し貫かれるようなことがなければ、罪を自覚できないこの世です。主の恵みによってキリストを救い主と受け入れる事が出来たことを感謝しましょう。

 

■ルカ3:8それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。

★そうです。神様とはまさに土の塵から人をおこされるお方です。しかし人は偶像を造りたがり、手柄を自分や自分の関係者に帰したがるものです。いのちを与え、今日まで保って下さっている主に感謝しましょう。このお方の御力とご計画によって、今日もあなたのいのちが支えられているのですから。ヒデ

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2013年2月25日 (月)

デボーションメール20130225

■ルカ1:38マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

★こうして主の母マリヤは救い主キリストを信仰によって身ごもりました。あなたがキリストを心に迎え入れる方法も同じ信仰によってです。主が不思議をもってあなたを持ちはこび、あなたの人生のつじつまを合わせて下さる全能者と共に歩む旅はここからはじまります。さあまだの人は踏み出しましょう。ヒデ

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2013年2月24日 (日)

デボーションメール20130224

■マタイ27:46三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

★主イエス様が十字架上で語られた数少ないことばの一つです。主は私たちが当然支払うべき罪の代価を、十字架上にささげたご自身のいのちをもって払って下さいました。その打たれた傷によってあなたは癒されました。

 

■マタイ28:18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。28:19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、28:20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

★「いつまでもあなたと共にいる」すなわちこれが教会です。教会を新たに創造するために主はご自身のいのちを捨てられました。主の力と祝福はあなたの上に置かれています。信仰をもって隣人を愛し祝福するあなたでありますように。ヒデ

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2013年2月23日 (土)

デボーションメール20130223

■マタイ25:9しかし、賢い娘たちは答えて言った。『いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足りません。それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。』

★人から借りることのできないものがあることをあなたはお気づきですか。すなわち神様との関係です。あなた自身がキリストの言葉に心を開き、十字架の救いは私の為でしたと感謝して受け取ることがどんなに大切なことでしょう。

 

■マタイ26:64イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」

★これがイエス・キリストを死刑に定めた罪状です。あなたは大祭司のこの決定をどう思われますか。ヒデ

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2013年2月22日 (金)

デボーションメール20130222

■マタイ23:17愚かで、目の見えぬ者たち。黄金と、黄金を聖いものにする神殿と、どちらがたいせつなのか。23:18また、言う。『だれでも、祭壇をさして誓ったのなら、何でもない。しかし、祭壇の上の供え物をさして誓ったら、その誓いを果たさなければならない。』23:19目の見えぬ者たち。供え物と、その供え物を聖いものにする祭壇と、どちらがたいせつなのか。

★この意味おわかりですか。何をささげるかよりも祭壇であり神殿であるあなたそのものが尊いんですよと言う意味です。なにせあなたはキリストの血潮によって贖い出された生ける神の宮なのですから。神様はあなた自身がまず満たされ、きよい祝福の中に歩むことを願っておられます。

 

■マタイ24:29だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。24:30そのとき、人の子のしるしが天に現れます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。

★天から火が降って来る時代です。まさか隕石があんなにもものすごい光を放つとは。黙示録を連想させます。それはすなわち主のおいでが近いということです。主は必ず来られます。今日も自らがなすべきことを、忠実に為しましょう。主は物事に愛を注ぐそのプロセスを御手励まし助けて下さるお方です。ヒデ

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2013年2月21日 (木)

デボーションメール20130221

■マタイ21:21イエスは答えて言われた。「まことに、あなたがたに告げます。もし、あなたがたが、信仰を持ち、疑うことがなければ、いちじくの木になされたようなことができるだけでなく、たとい、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言っても、そのとおりになります。21:22あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。」

★このイエス様の言葉により頼んで、今まで越えられなかった、自分自身にとっての常識を越えてみませんか。今まで祈ったことのない祈りを、期待して父なる神様にお祈りしてみませんか。あなたの天の父は子であるあなたが、父を期待して心を注ぎ出すことを喜んで下さいます。

■マタイ22:37そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』22:38これがたいせつな第一の戒めです。22:39『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。22:40律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」

★律法と預言者とは旧約聖書のことです。そして人が人生において目指すべきものについて、聖書はそれを、愛の人になることだと語ります。あなたが、私が、神様と人を愛する人となること。あなたは人生の最優先の目標としてこれをあげていらっしゃいますか。ヒデ

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2013年2月20日 (水)

デボーションメール20130220

■マタイ18:19まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。18:20ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」

★ここに教会の本質があります。主の名によって集められた共同体、そこに主がおられる共同体、それが教会です。

■マタイ19:25弟子たちは、これを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるのでしょう。」19:26イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」

★あなたを救うのはあなた自身ではありません。またあなたの大切な人の救いも同様です。私たちにできることは感謝して、受け取る事、神様とあなたの物語はすべてはそこからはじまります。

■マタイ20:14自分の分を取って帰りなさい。ただ私としては、この最後の人にも、あなたと同じだけ上げたいのです。

★主は残された最後の人の寂しさ、悲しさをも受けとめ、覚えて配慮して下さるお方です。あなたのことを主は決して忘れられることはありません。ヒデ

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2013年2月19日 (火)

デボーションメール20130219

■マタイ15:5それなのに、あなたがたは、『だれでも、父や母に向かって、私からあなたのために差し上げられる物は、供え物になりましたと言う者は、15:6その物をもって父や母を尊んではならない』と言っています。こうしてあなたがたは、自分たちの言い伝えのために、神のことばを無にしてしまいました。

★神の言葉はあなたに偽りの避け所をつくらせるために与えられたものではありません。むしろ光の中に引き出され、悔い改めと信仰によって神様のいのちに引き出されるためです。

 

■マタイ16:15イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」16:16シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」

★ではあなたは彼について誰と言いますか。あなたにとってキリストが主であるなら、その告白に基づいた信仰の決断をもって、主の言葉に従順しましょう。その時あなたは、主の力と不思議を体験します。

 

■マタイ17:8それで、彼らが目を上げて見ると、だれもいなくて、ただイエスおひとりだけであった。17:9彼らが山を降りるとき、イエスは彼らに、「人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見た幻をだれにも話してはならない」と命じられた。

★恍惚とも言うべきイエス様だけで満たされる経験。しかし私たちはそこから遣わされているこの世に派遣されるものとして召し出されました。山の上にとどまり続けたら世の光、地の塩として召し出されたことの意味がなくなります。あなたの遣わされるべきところはどこでしょう。ヒデ

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2013年2月18日 (月)

デボーションメール20130218

■マタイ13:20また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。13:21しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。

 

★根がなければ物事は一時的で決して結実には至りません。あなたの関心が感情レベルの反応から、価値観の変換とライフスタイルの変化に向かいますように。

 

 

 

■マタイ14:28すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」

 

★身のほど知らずにもほどがあります。水の上を渡って行かせて下さいなんて。しかし神様は常識を越えてまでも、神様の近くにありたいと願う人を通して神様のわざと祝福を世にもたらされるお方です。あなたはペテロを愚かと笑いますか。それともペテロのような、主への愛が心に乏しいことに嘆かれますか。あるいは同じように告白できるでしょうか。誰も歩いたことのない道を主に向かって歩けたら、それは最高の主との絆になるでしょうね。主はあなたにも語られます。「来なさい」と。ヒデ





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2013年2月17日 (日)

デボーションメール20130217

■マタイ10:19人々があなたがたを引き渡したとき、どのように話そうか、何を話そうかと心配するには及びません。話すべきことは、そのとき示されるからです。10:20というのは、話すのはあなたがたではなく、あなたがたのうちにあって話されるあなたがたの父の御霊だからです。

★確かに、何をどのように話そうか、と心配する必要はないでしょう。聖霊様が語るべき、ふさわしい言葉をその時、与えて下さるのですから。そのことよりもお互いは、いざと言う時、立つべきところに立っていることができるかを問うべきでしょう。あのペテロでさえも鶏が鳴く前に3度も知らないと語ってしまったのですから。

 

■マタイ11:28すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。11:29わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。11:30わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

★多くの人が勘違いしている箇所です。安らぎは全てのくびきから、人が解放される時に与えられるものであるかのように。しかし違います。本当は主が負わせて下さるくびきを負うときにこそ与えられるものです。

 

■マタイ12:48しかし、イエスはそう言っている人に答えて言われた。「わたしの母とはだれですか。また、わたしの兄弟たちとはだれですか。」12:49それから、イエスは手を弟子たちのほうに差し伸べて言われた。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。12:50天におられるわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」

★主はあなたを兄弟として招いておられます。ヒデ

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2013年2月16日 (土)

デボーションメール20130216

■マタイ8:1イエスが山から降りて来られると、多くの群衆がイエスに従った。8:2すると、ツァラアトに冒された人がみもとに来て、ひれ伏して言った。「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」8:3イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。

★目には見えませんが、主は今も、高い所から御言葉を語られるだけではなく、聖霊によってあなたに近づき「わたしの心だ。きよくなれ」と語りかけ、あなたの心と身体に触れ、癒やしと命を注いで下さるお方です。この瞬間、あなたに主が触れておられます。信仰と感謝をもって受け取りましょう。

 

■マタイ9:10イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。9:11すると、これを見たパリサイ人たちが、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。9:13『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

★神様の恵みをとどめるものとは何か、そこれここでは明確です。あわれみのない心と、自分を正しいとし、人をみさげる心です。高慢とはなんと恐ろしい病でしょう。しかしこれほどに本人が自覚できないものはありません。神様ご自身がその人の心に光を照らして下さる以外悟るすべがないのです。神様の恵みとあわれみによって生かされていることに感謝しましょう。ヒデ

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2013年2月15日 (金)

デボーションメール20130215

■マタイ5:2そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。5:3「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。5:4悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。5:5柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。5:6義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。5:7あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。5:8心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。5:9平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。5:10義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。

■マタイ6:31そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。6:32こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。6:33だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。6:34だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

■マタイ7:13狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。7:14いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

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2013年2月14日 (木)

デボーションメール20130214

■マタイ1:21マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」

★あなたは既にこのお方に、「その名はイエス。私の救い主です」と告白なさいましたか。ここから神様の祝福を受け取る生涯がはじまります。

■マタイ2:2「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」2:3それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。

★救い主誕生の知らせを聞いて怖じ惑う人々。神様から離れた生活のゆえです。恐れはある面、神様が人に下さっている警報装置です。あなたは今、帰るべき所に、帰る必要のある存在ですか。

■マタイ3:16こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。3:17また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」

★あなたもバプテスマを受ける事を通して父なる神様への愛をあらわすことができます。迷っているなら心を定めて受けましょう。祝福です。

■マタイ4:19イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」4:20彼らはすぐに網を捨てて従った。

★ここにあなたが人生を懸けて従っても惜しくないお方がおられます。このお方はあなたにいのちの捨て場所を与えて下さるお方です。いのちは使うために与えられています。守ろうと思う者はそれを失い。福音のために捨てる者は得るのです。ヒデ

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2013年2月13日 (水)

デボーションメール20130213

■マルコ15:34そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

★十字架上のイエス・キリストの言葉です。捨てられるはずのないお方が捨てられ、その罪のないいのちによって、罪人が当然払うべき罪の代価を払って下さったゆえに、捨てられて当然の私たちが捨てられずにすむ道が開かれました。その打たれた傷によって私たちは癒されました。

 

■マルコ16:6青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。

★主は、全ての人が絶望のなかに、死の中にとどまり続けることのないように、よみがえられました。この事実のゆえに、主を仰ぎましょう。その時あなたは永遠のいのちによっていかされます。ヒデ

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2013年2月12日 (火)

デボーションメール20130212

■マルコ14:35それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、14:36またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」

★この杯とは自分がかけられる十字架を負い、そこにかけられることです。決して自らそれを選択したいわけではない。しかし愛のゆえにそこに立つことを選択する。なぜでしょうか。そこに神様の御心があるからです。御心を選択することは決してたのしい道ばかりではありません。むしろ十字架の道でしょう。しかし主と共にそこで死ぬ決心をしたものは、必ず主がそこから甦らされるのです。ヒデ

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2013年2月10日 (日)

デボーションメール20130210

■マルコ10:42そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。10:43しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。10:44あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。10:45人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

★「あなたは自分のいのち、すなわち自分に与えられた時間をどのように使おうとしていますか。」と問われるお方です。主は目に見えない愛を、行動に現すために人の姿をとって来て下さいました。あなたはどんなことが出来そうですか。

 

■マルコ11:22イエスは答えて言われた。「神を信じなさい。11:23まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。11:24だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。

★チャレンジであり祝福に満ちたことばですね。あなたはこれをどの様に受け取るでしょうか。イエス様は「神様を信じなさい」と語られます。神様のみわざを見るためには、この言葉を受け取る以外ありません。なら感謝して受け取りたいですね。さらに神様への信頼とは、人間の理性や努力によっては越えて行けない、恵みの世界であることも教えられますね。もう一度繰り返します。主は「神様を信じなさい」と語られます。ヒデ








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2013年2月 7日 (木)

デボーションメール20130207

■マルコ4:38ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」4:39イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。4:41彼らは大きな恐怖に包まれて、互いに言った。「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」

★「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」あなたもこう叫んだりつぶやいたことがありませんか。しかし主は眠っておられるのではありません。まだイエス様が誰であるかについて、目が開かれていない人の霊の目を開くために、あえてこの様な状況をゆるしておられるのです。あなたがすべきことは「主よ、助けて下さい」と叫ぶことです。

■マルコ5:41そして、その子どもの手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。(訳して言えば、「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味である。)5:42すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに包まれた。

★長血を患う婦人がイエス様の衣の裾に触ったばっかりに……、彼女はおかげで癒されますが、そこで時間がとられた結果、会堂司ヤイロの娘の命は絶えてしまいました。ところがどうでしょう。主が「少女よ。あなたに言う。起きなさい」と命じられたとき、彼女の命はふきかえしたのです。主にあっては、遅すぎることはありません。主は不思議と御力をもってあなたの人生を完成して下さるお方です。あなたも信仰によって「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」と、パウロと共に告白しませんか。ヒデ




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2013年2月 2日 (土)

デボーションメール20130202

■ローマ4:20彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、4:21神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。4:22だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。

■ローマ5:8しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。5:10もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。5:11そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。

■ローマ6:3それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。6:4私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。6:23罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。

■ローマ7:24私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。7:25 私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

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