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2013年3月 2日 (土)

デボーションメール20130302

■ルカ10:29しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」

★人にとって最も深い病とは自分が愛すべき人が分からないことかも知れません。あなたの隣人とは誰でしょう。あなたがその人を愛する道を選択すれば、あなたはその人の隣人になることができます。

 

■ルカ11:41とにかく、うちのものを施しに用いなさい。そうすれば、いっさいが、あなたがたにとってきよいものとなります。

★とにかく物でも、財でも、思いでも、恵みによって与えられたものをあなたが心を開いて分かち合うとき、あなたの心は喜びに満たされるでしょう。そのよろこびは誰も奪うことができません。その喜びは聖霊によって注がれるものだからです。ヒデ

愛されないことは哀しい
愛せないことも哀しい

誰が愛してくれなくても神様が愛していて下さる
誰からも愛さえていないということはないということです

隣人とは
全ての人を意味するのでしょうか

大切な家族
友人
知人

ともに救われたいと思う人がたくさんいる
たとえ全く面識がなくても
ともに救われたいと思うことはあるもの

世の中の人は全て神様に創られたのだから
本来は全員が救われるべきなんだと思う

私は神様の御恵みによってのみ存在が確立される
神様は霊的にも物質的にも豊かな御恵みを注いでくださる
日々の暮らしを保って下さり
教会へと送って下さり
祈りの群れに加えて下さる
喜びをもって分かち合うことができれば
神様からの御恵みを幾重にも活かすことができる

自分の罪が示され
悔い改めの機会が与えられているというのに
性懲りもなく罪をおかしつづけている

教会は清く正しい人ばかりが集まっているのではないですよ
私みたいなのもおりますよ

あんなにいい人がご自身を指して
罪まみれの者
とおっしゃる
とすると
私はいったいなんなんだ
ということになります

とにかく神様とつながっていたいと思う
糸の切れた風船みたいにならないように

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