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2013年5月13日 (月)

デボーションメール20130513

■マタイ27:42「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。

★彼らの要求どおりに主が十字架からおりられたら、彼らの反応はどうなるのでしょう。それは主にできないわけではありません。しかしそこには救いがないのです。十字架にとどまり続けることを選んで下さった主だからこそあなたは救われました。

■レビ8:36こうしてアロンとその子らは、主がモーセを通して命じられたことを残らず行った。

■レビ9:22それから、アロンは民に向かって両手を上げ、彼らを祝福し、罪のためのいけにえ、全焼のいけにえ、和解のいけにえをささげてから降りて来た。9:23ついでモーセとアロンは会見の天幕に入り、それから出て来ると、民を祝福した。すると主の栄光が民全体に現れ、9:24主の前から火が出て来て、祭壇の上の全焼のいけにえと脂肪とを焼き尽くしたので、民はみな、これを見て、叫び、ひれ伏した。

■レビ10:1さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を主の前にささげた。10:2すると、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは主の前で死んだ。

★栄光を主に帰そうするささげものか、自分に栄光を帰そうとするささげものか。御自身に近づく者に主はそれを問われます。

主に栄光を帰すとはどういうことかを
問われ心をさぐられます
アロンの子供たちは何故
異なった火を捧げたのだろうか
と考えます
そこに神様を無視して
自分の思いを通そうとする姿勢がみられ
それはとりもなおさず
神様より自分を高いところにおいている…

自分はアロンの子供らと同じく
今焼かれても仕方のない存在であると
思わされます
けれど焼かれずにいます

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